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北鎌ゲベ戦記 〜家のこと、庭のこと〜

見習庭師23歳のしごく家庭的な日記。北鎌倉駅前からお送りしております。

5月29日(日)①

5時20分、京都十条着。ねむい。腰いたい。とりあえず京都駅まで歩きます。そこから先はどうしようか。直前までバタついていたので、結局ノープランで来てしまいました。とにもかくにも鋏を買わねば…。そう。ぼくはこの度、植木用の鋏をこしらえに、遂に京都にやって来ました。キリバシ(切箸)という古い道具があります。その名の通り箸みたいな形をしていて持ち方もかなり独特なんですが、先輩曰く、関西の古いところではまだ使っているところもある、関東ではもうほぼない、という絶滅寸前の鋏です。すると当然取り扱える刃物店も鎌倉周辺にはなく、うちの人はみんな代々京都へ買いに行っているそう。ガチやん。修行を始めて8ヶ月が経ちまして、そろそろ自分の道具を揃えましょうか(今までは親方のお古を使っていた)ということで、日曜休みと月曜の雨予報を狙い、今回こうしてやって来たわけです。昨日はハサミちゃんにも会えたので、きっといい鋏に巡り会えることでしょう。駅に着きました。当然どこの店も準備中。駅ビル地下でしばし仮眠(立ち寝)。

 

9時、一軒目の刃物屋へ。いかにも老舗の門構え。狭く薄暗い店内。「おはようございます???」。奥から、これまたいかにもな爺が一匹。ゆっくりゆっくりと進む。動く。「キリバシありますか?」「…とりあえず座りなはれ」。抽出から三丁ほど取り出して、そっと目の前に並べられる。「…触ってもいいですか?」「はい」。恐る恐る持ってみます。無言の爺。萎れた目蓋の隙間から黒い球だけが、動いた。じぶんの一挙手一投足が、実力が、全てが、値踏みされているようで怖い。次いで説明を受ける。どうやら鋼がすごいらしい。へー。せっかく京まで来たんだし、この一番良さげなやつにしようかしら。買うつもりで値段を聞いた。「10万、安くして10万」。………ん?元々高い買い物なのだと心得ていたせいか全く実感が湧かない。10万という数字が一体いくらなのか、今、全然分からない。これはヤバい、と思った。でも、すぐに直感した。“買ったら絶対後悔する”。「ちょっと今決められないんで、他の店も回ってそれでもやっぱりここだと思ったらまた戻って来るということでいいですか?」とさわやかに聞いてみるものの、どうやらこれは地雷だったらしい。爺はたいそう機嫌を損ねてしまった。「どれがいい鋏か、素人のあなたに見ただけで分かるのかい?分からないよ。私はこの道うん十年のプロなんだから、若いあなたは私の薦めた通りにするべきだよ。安くすると言っている。本来なら20万はくだらない。そんな、他と比較するなんて言われた暁には私だって機嫌悪くなりますわ。10万にしてあげようと言ってるのに。ベタベタ触りおって」…だいたいこんな内容のことを言われた。ぼくは、全くその通りだと思った。このキリバシも、他の鋏も、この店の全ての品が「超」のつく一級品で、決して高いのではなく、それ相応の値が付いているのだ。そして鎌倉から来た若い見習庭師に「本物」の道具を手渡したい、使ってもらいたい。とうぜん彼自身も超一流の職人だ。ぼくは、彼の言葉を信用する。尊敬する。圧倒される。でもここでキリバシは買わない。「なんか違う」と思ったんです。感じたら迷わない。「すみません。今回はご縁がなかったということで。本当すみません」。やや食い気味に平謝りして、店を後にした。

 

これが、京都だ。まさに別格の世界。余所者の自分は本場職人同士のマナーというものを微塵もわきまえていなかったのです。とても失礼なことをしてしまったなと反省。落ち込み。どっと疲れ出る。それにしても、やっぱり自分は「なんか違う」んだなあ。「超」のつく世界を目指すつもりがあまりないらしい。自分ってなんなんだろう。なんだかなあ。一軒目そうそう滅入ってしまった。次の店へ向かいます。今にも雨が降り出しそうな、空。