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北鎌ゲベ戦記 〜家のこと、庭のこと〜

見習庭師23歳のしごく家庭的な日記。北鎌倉駅前からお送りしております。

9月4日(日)

あまり文章を書く気分ではないので、現在少しお休みしています。

 

近頃、暮らしが充実している。家のことも庭のことも人間関係も順調だ。毎日がたのしい。たのしい、ような気がする。

 

生きることが充実している人は文章を書く必要がないのかもしれない。なぜなら、その人にとっては生きることが、詩であり、絵であり、音楽だからだ。自分の内が完全燃焼していれば、外に向けて作品を作る必要はない。不完全燃焼しているときに、人は、書きたい、描きたい、唄いたいという衝動に駆られるのだ。不満や不安、モヤモヤがあるから、欠けてるから、足りないから、書くのだ。書かないとやっていられないから、書くのだ。逆に、書かなくてもやっていられるのなら、書かなくていいのだ。その人の暮らしそのものが、詩であり、絵であり、音楽なのだから。

 

たしかに近頃は暮らしが充実している。でもあるいは一方で、何か大切なことを忘れているような気もする。不思議な9月が始まった。もうじき庭師になって一年が経つ。

 

 

 

8月のこと

8月は全く書かなかった。「書かなかった」のか「書けなかった」のか、今となってはよく分からないが、どちらにしろ書いていない。月日が経って、いつの日にか何もかもを忘れてしまう前に、今覚えていることを回想してみようと思います。ひとつひとつの事実関係よりも、イメージの流れるままに。
 
8月第一週までは、ひどく仕事が忙しかった。6月半ばから約一月半かけた夏の大仕事だった。合計十の現場へ通った。全てがお寺。理由は、お施餓鬼はじめとする盆の法要に合わせてのものが多いから。ひたすら寺、寺、寺。それがようやく終わりました。二日休んでしまったのが心残り。あとは無事やり遂げられてほぼ満足。ひたすら仕事に明け暮れた。庭仕事の合間を縫って、トドラーのサマーキャンプにも何とか参加出来て、こちらも無事終えて、本当よかった。夏を乗り越えて、心身共に鍛えられた。一皮むけた自覚あり。でも達成の悦びは、あまりない。
 
友人の親父さんが死んでしまった。お通夜に行って、そのお顔を拝見したら、あぁ、本当に死んでしまったんだなと、やっとその事実が腹の底に落ちてきて、急にやりきれなくなってしまった。お化粧の施されたお顔は健やかで、目鼻立ちくっきりとしていて、作り物のようにキレイで、悲しかった。そして残された家族のことが心配になる。なんて声をかけていいか分からない。痛みはこれから先しばらく続くだろうけれど、出来るだけ早く元気になってほしいと願う。
 
母と祖父と長野に帰省した。長野は祖父の故郷で今も親戚が暮らしている。幼い頃は毎年夏に帰っていた。毎度やることは同じで、子どもたちは山で遊び、親戚一同顔を合わせ、墓参りに行った。楽しかった。そんな当時が懐かしくて、ぼくは久しぶりに帰省に付き合うことにした。一泊二日と短かったけれど、総じてよかったと思う。山遊びは庭木の手入れに変わり、集まった親戚は数少なく、お墓は(職業病で)念入りに掃除した。過去をなぞりながら、今を確かめた。多くのものは変わってしまった。けれど唯一「遠目に映る風景」だけはそのままで。街を取り囲む壮麗な山々と、広大な夏の空。これだけは、昔みていたそれと何ひとつ変わらなかった。変わるものと変わらないもの。ぼくはもう子どもじゃない。
 
久しぶりに腰を据えて母と話した。「家族」のことが少し進展した。それが良い方角か悪い方角かは分からないけれど、たしかに、前へと進んだ。「母親であることから逃げ出したい」と面と向かって言われた。あまりにもあっけらかんに言われたので、つい笑ってしまった。でもこれでようやく、ぼくと彼女とをつなぐ最後の赤い糸が、プツンと切れたのだ。そこには未練も執着もなく、むしろ清々しさすら感じられた。そろそろ限界だと思っていたので、今回話せて本当よかった。またひとつ肩の荷が下りる。とはいえ母と長男二人の関係性が変容(進展)したところで、父のことと妹のことは依然として残っている。「家族」全体の問題はまだまだだ。こちらも来年を目処に片をつけたい…って自分は何をしてるんだ、とも一方で思う。家族であることと家族でないことの境界線は、いったいどこにあるんだろう。
 
ところで、ぼくはおじいちゃんが大好きだ。こんな言い方していいのか分からないけど、まったく傑作な男だと思う。今年米寿を迎える老師、曰く、「絵で食べていく」のではなく「絵を食べて生きていく」のだ。
 
ぼくは今、一足遅い夏休みの最中にいる。ここ数週間のあいだに、色々の物事が終わりを迎え、そして前へと進んだ。秋の虫が鳴き始め、夏ももうおしまい。やさしさとかなしさに挟まれて。この二つの気持ちは裏表なのだと、ここにきてようやく気がついた。そんな8月だった。そしてこれまで何度も考えたことをまた考えた。ぼくは将来、どんな人たちと暮らし生きていくのだろう。
 
 
p.s.
シールズも解散した。何人か友だちがいる。だから「お疲れさま」以外の言葉は出てこない。ホントお疲れ。あと、若いんだからいっぱい食べなさいって言いたい。

8月6日(土)

決められた残りの日々が少しずつ削られるようで、一日一日が重たい。一日経つとひとつ減り、また一日経つとまたひとつ減って。昨日より今日、今日より明日がますます辛い。これからしばらくそんな日が続くのか。こんなにかなしい時間があるなんて。自分なんかまだいいけれど、彼女と彼女の家族のことを思うと、もう胸がはちきれそうになる。かなしい。

 
でも、気をしっかり持たないと。
 
20時帰宅。今日はワークル定例会なので大勢来ている。ものすごい熱気。「沖縄ナイト」ということで、カホちゃん(アコギ)、ミヨちゃん(歌)と自分(カンカラ三線)で余興の準備。茶室で練習した時はまあまあ上手く出来たのだけど、いざみんなの前に出た途端、予想以上に人が多かったのと既に出来上がっていた会場の雰囲気に飲まれてしまって、あまりうまく出来なかった。アガってしまったのもあるけれど、なにより自分の弾くカンカラ三線の音が全然聴こえなくて苦戦した。以前Macchiさんとやった時と違い、今回は他の楽器もあるしみんなも合唱してるので、か弱いカンカラの音はかき消されてしまった。楽器のせいにしようとしたけれど、以前トモさんがこれを使ってすばらしい演奏をしていたのを思い出し、やっぱり自分の腕の問題だなと思った。一方でカホちゃんはそういうのに慣れているようで煽るのも上手くて、すごいなあと思った。もっとちゃんと練習しよう。
 
終了次第、自分はそそくさと退出しシャワーを浴びてすぐに寝てしまった。カホちゃんのギターはしばらく鳴り止まず、宴は夜遅くまで続き、隣部屋では深夜1時以降まで怪談が盛り上がった(これには少し注意した)。明日は夏最後の大仕事だ。何もなければぼくも宴に参加したのだろうけど、タイミングが悪かった。いろいろと。
 

8月5日(金)②

20時、新宿で友人と待ち合わせてステーキを食べた。そのあとドンキで花火を買って参宮橋へ移動。更地となった早川歯科医院跡地を二人で眺める。「お世話になりました」と頭を下げたりして。マルマンに寄ってナイトのサトウさんにあいさつだけ。「奥さん?」って、そんなわけないじゃないですか。ワンツーチーで大餃子3個といちご味のかき氷。その後、近くの公園まで歩く。23時、ベンチと水道だけの小さな公園でささやかな花火。「花火禁止」と書いてあるけど知ったもんか。家から持ってきたバケツとマッチと虫除けとビールで準備完了。ロウソクがないので一本一本マッチで火をつけるつもりが、これが意外と着火せず微妙に苦戦。計10本にも満たない手持ちと線香花火だけだったけど、キレイだった。

 
友人から、友人のお父さんの命がもう長くないことを聞かされました。今年4月に余命宣告を受け、その時は「もうあと数ヶ月かもしれない」って言われたけど、今回は遂に「あと数週間かもしれない」、と。あれから4ヶ月、忘れたり思い出したりを繰り返しながら出来るだけ現実を直視しないようにしてきた自分。けれど遂にその「おわり」に直面しなければならない時が来て、突如、ぼくのこころは真っ暗になってしまった。その時彼女にはどんな言葉をかけたんだっけ。もうよく覚えていない。気の利いたことを言えたか。それとも悪いことを言ってしまったか。もうそんなことどうでもいいんだ。何もかもわからなくなってしまった。彼女と彼女のお母さんとそしてお父さん、みんながみんな辛いのに。このお話に、いいことなんて何ひとつないのに。自分は?自分はなんなんだろう。どういう気持ちなんだろう。どういう気持ちになればいいんだろう。どういう顔をして、どういう言葉をかけて、何をすればいいんだろう。
 
愛って、なんだろう。
 

8月5日(金)①

先輩達は円覚寺・富陽庵へ。自分はひとり家(会社)の仕事。アジサイとツバキと下草取り。午後から親方と、これまで仕上げてきた現場の最終見回りへ。寿徳庵と帰源院。どちらも円覚寺の(内)塔頭。そして寿徳庵での作業中、なんと!昨年バリ島のグリーンスクールで知り合った人(日本人)を偶然見かけるというスーパーミラクル!湘南に住んでいると言っていたけどまさかこんなところで!とは!うれしくて思わず話しかけようとした矢先、親方から先に話しかけられてしまいああどうしようどうしようとアタフタしている隙に、結局その人は行ってしまいました。再会かなわず…まあ、またどかで会えるでしょう。
 
それは鋸の話でした。「目立ての出来る折鋸」があるそうです。それまでぼくは勝手にないと思っていたので、驚きました。いま使っているのは、ホームセンターなどで普通に売っている「替え刃式の折鋸」です。これは刃が消耗したら新たに刃だけ買って交換するというもの。一式1500円程度。目立て式は、刃の部分にきちんと焼き入れがしてあり、自ら研いで繰り返し使うので上手に使えば一生もの。一本およそ7000円。しかしこの道具、扱いが超難しいとのことで、上手く挽かないと、乱暴に扱うと、ポキッとすぐ刃が折れてしまうらしい。親方も、買っては折り、買っては折り、を繰り返した挙句にどうしてもこの技術だけは修得出来ず、結局諦めてしまったそうです…。曰く「この目立て式を使える人を親父(先代親方)以外に見たことがない」と。それでも最初聞いて、せっかくだから自分もこいつにチャレンジしたいと思いました。こんな伝統のある由緒正しい造園屋さんにいるのだから、古来よりの道具と技術を継承しないと何よりもったいないなあと。しかし探せども探せども、刃を柄の中に折り畳めるもの(折鋸)が見つかりません。そして気付けばいつの日からか、まあ鋸くらい安物でいいかーと、半ばあきらめていました。ところが、それがあるというのです。折り畳める目立て可能な鋸。その場所は、2ヶ月前に和鋏と切箸を拵えた、あの「源久秀刃物店」。そうです。また京都です。さてどうしましょう。夏休みに弾丸で行こうか、どうか、迷い中。
 
 
明日は振替で休み。あさっての日曜出勤で、「夏の大仕事」もついにおしまいです。今日でなんとか目処はつきましたが、あと一日、まだまだ気は抜けません。
 

7月26日(火)

こういうことって書いていいのだろうか。

先日こんなことがあった。仕事で建長寺に入り、自分は川のどぶさらいをしていた。そのとき、ふと背後に人影を感じて…

 

「お・ま・ん・こ」

 

「ん?」

女の人の声がした。雰囲気から察するに、ちょっと頭おかしいかんじだった。他に誰もいないので、その言葉はぼくに向けて発せられたはずだったがここで振り向いたら負けだと思って、振り向かなかった。そしてもう一発、

 

「お・ま・ん・こ」

 

「…」

 

横目でちらっと見たら、目が合ってしまった。推定三十代女性。にやけ顏。したり顔。そして去り際に、もう一度、

 

「お・ま・ん・こ・か・ゆ・い」

 

最悪だと思った。

 

って、こんなこと書いてしまって本当によかったのだろうか。

別に自分が言ったわけじゃないんだし、いいのか。

 

7月24日(日)

サオリンと駅前のリドでカフェオレを飲んだ。彼女はアイスでぼくはホットのカフェオレだ。サオリンはぼくの話を聴き、ぼくはサオリンの話を聴いた。面白かった。みんないる中で一緒に過ごすのと、二人だけで膝を突き合わせるのとは、だいぶ違うなと思った。彼女は、男と女の区別があまりつかないらしく、いずれ植物と人間の区別もつかなくなりそう、と言っていた。地で言っていたので、久しぶりに、結構ショックだった。

 

ぼくのささやかな悩みを聴いてくれている時、どういう流れかは忘れたけれど、「ラジオをやったらいい」ということになった。唐突だったけれど、「………それだ!!!」と、ぼくはぼくで納得してしまった。まさに晴天の霹靂。閃いたのである。さすがサオリン。夏の大仕事が無事終了したら、どうするか考えます。

 

18時帰宅すると、すれ違いで出てしまったアンナちゃんから置き土産。冷蔵庫に食い止しの水ようかん。「失恋のお見舞い」とのことで、これは最高に笑えた。ありがとう!!!